この現代社会に潜む大きな問題の一つは、学校教育が行き渡る程に、人々は徐々に自らあれこれ考えて判断する能力が劣って行くといった矛盾を抱えている事だ。
便利になればなる程に人々は機械に頼ってしまいがちになる。楽を好むようになり、階段を上らずにエレベーターばかりを使っては脚が弱り、医者に行き、リハビリするように言われて、やっと階段を上って筋力を付ける所に辿り着く。
企業にしてもオートメーション化や機械化が進めば、人手は少なくて済むようになり、失業者が増えて行くのは否定できない。こうして便利になる程に、様々な問題を抱えるようになる訳だ。
学校教育もそういった現代社会の矛盾に満ちたジレンマの中に、どっぷりハマっている事は間違いない。
どういう事かといえば、学校時代は教師の言葉や価値観を信じ込まされ、社会に出れば会社や組織のそれを信じ、どこかに所属してそこの価値観を共有し、そことのライバル関係や敵対する組織を否定するだけで、決して自ら考えて価値判断を下す事に慣れていないし、ほとんど訓練を受けていないといった実態に今さらながらに驚かされる。
何しろ今の教育はほとんど実践的なものが組み込まれていず、社会生活の中から工夫を見付け出して行こうとする訳でもなく、成り立ちや仕組みを理解せずに表面上の知識やハウツウの操作を詰め込むだけだから、教育を受ける程、事実上は利口にならず、洗脳され易い道具的存在となってしまい兼ねない。
つまり極端な言い方をするなら、簡単に引っ掛かってしまう様な人間を作りだしてしまっているという現実がある。
そのことに早いところ気付くべきだろう。
自分の頭であれこれ考えたりの試行錯誤を渋る傾向はありやなしや。ただ教師に言われた余り意味のない事柄を何の疑いもなしに信じ込むような頭に慣らされてしまっていないだろうか。
もしその教師が他の悪党に代わるような事態になれば、そのまま言われた事を実行する工作員に早変わりしてしまう。
こうした、ある意味で国家を将来的に衰退させてしまうかも知れない危険な教育が進められている側面を、誰も気が付いていないという事実もまた恐ろしい。
高台にディーゼル発電機の1台さえも設置しなかったり、博打やギャンブルでもないのに多額の課金を支払って夢中になる人が多かったり、危険なカルト宗教に入ったり、何人もが携帯を見ながら歩いたり、甘い見通しで借金をして家を建てたり、高級車を買ったり、カネもないのに使い捲って、景気を支えている現状はおかしいと思う。
by aizan
子供に見せられない